犬山祭りとは?からくり人形と車山ってなに?
[イベント]「からくり」って言うと、何を思い浮かべますか?
何かが仕掛けれれていて、罠にはまるという様な
イメージを持つ人もいるでしょう。
一説には、「糸を引っ張って動かす」という意味の
「からくる」が語源なのだそうですよ。
日本の伝統的な機械仕掛けの装置のことです。
からくり人形と言えば、「茶運び人形」などが有名
ですよね。
そんなからくり人形が登場する祭りがあるのです。
それは、犬山祭りです!!!
で、それはどんな祭り?
犬山祭りはどんな祭り?
犬山祭(いぬやままつり)は、愛知県犬山市で毎年
4月の第1週の土曜、日曜に開催される祭りです。
2006年には、「犬山祭の車山(だし)行事」が、
重要無形民俗文化財に指定されたんですよ。
ますます、興味が湧いてきませんか?
では、祭の内容を見てみましょう。
1日目を「試楽(しんがく)」と呼びます。
2日目は「本楽(ほんがく)」と呼びます。
城下町であった13の町から車山(やま)が曳き
回されます。
「試楽」では、車山が針綱神社(はりつなじんじゃ)
へ向かい、からくりを奉納します。
その後1年分を表す365個の提灯に載せ変えて、
早い町内では、18時30分から21時30分頃まで、
提灯に火を点して町内を巡るのです。
夜の部もあり、「夜車山(よやま)」と呼びます。
「本楽」は針綱神社で神事が行われ、全ての車山と
共に3町(内田、坂下大本町、鵜飼町)の練り物も
神社へ集結します。
この祭りの起源は?
愛知県の資料では、1635年、犬山市の北部に
所在する針綱神社の祭礼に対して、下本町、魚屋町
からの練り物が出されたのが始まりとされています。
1641年には下本町により「車山」が出されて、
「からくり」が奉納されたのです。
車山は、犬山城主であった成瀬隼人正正虎
(なるせはやとのしょうまさとら)によって奨励
されたこともあって、各町村でも出されるように
なったそうです。
この「犬山祭り」は、紆余曲折(うよきょくせつ)
がありました。
1996年より「犬山お城まつり」の一環事業
という位置づけとなったのです。
その後、数輌の車山巡行と「からくり夢競演」として、
13町内のからくりと有志によるからくり披露が
針綱神社前広場で実施されるようになりました。
2003年の初日には車山13両が針綱神社に集結
するなどの豪華な祭が行われたのですが、現在は、
「城下町秋まつり」の一環事業のような形で秋季の
車山揃えが実現しています。
必見!「車山(やま)」の構造について
「車山(やま)」とは、他の地域の祭では山車の
ことです。
通常は2層が多いですが、犬山では「3層」の構造
となっているのです。
これは「犬山型」とも呼ばれています。
下層がお囃子所、最上層にはからくりが置かれます。
中層は「中山」と呼ばれて最上層のからくりを動かす
層なのです。
実際にからくり人形を動かすのです。
大変、珍しいのです!!!
これは、1964年に愛知県の有形民俗文化財に指定
されました!
犬山駅東口のロータリーには、この車山をイメージした
オブジェも置かれているんですよ。
訪れたら、是非、みて下さいね。
豆知識:犬山市について
犬山市は、愛知県の北端にあります。
西部は、濃尾平野(のうびへいや)の一部をなし、
市街地、農地、工業地として利用されています。
市の北を流れる木曽川の一帯は名勝に指定されて
いて、川下りや伝統的な鵜飼も行われています。
東部の丘陵地は、緑豊かで、天然記念物の
ヒトツバタゴ(別名:ナンジャモンジャノキ)
自生地があります。
東之宮古墳や青塚古墳などの古墳もあります。
戦国時代には織田氏の所領となり、江戸時代には
尾張藩付家老の成瀬氏の城下町として発展しました。
国宝犬山城とともに、当時の町割りが現在も見る
ことが出来ます。
1954年4月1日に犬山町、城東村、羽黒村、
楽田村、池野村が合併して犬山市が発足し、
現在に至るのです。
歴史のある犬山市の犬山祭り!
是非、ご覧下さいね。